都市と山の視点で、木材活用を考える
淺沼組は、「建設業から循環型社会の実現」を目指し、自然素材を活用したサステナブルな建材の開発や、最先端技術と伝統知の融合による新たな技術・工法の開発などに取り組んでいます。
現在、2050年のカーボンニュートラル達成に向け、建設業界におけるCO2削減は喫緊の課題です。建設分野は世界のCO2排出量の約40%を占め、資材の製造・輸送・施工・解体に伴う「エンボディドカーボン(建設に伴うCO2排出)」の削減が求められています。
こうした背景のもと、近年注目されているのが木材の活用です。素材選びそのものがCO2削減の鍵を握る時代となり、サーキュラーエコノミーの視点からも木材は有効な選択肢として期待されています。
木材活用の意義
・CO2吸収・固定:木は成長過程でCO2を吸収し、建材として使用することで長期的に固定できる
・低炭素な製造工程:鉄やコンクリートに比べ、製造過程でのCO2排出量が少ない
・再生可能資源:適切な管理のもとで繰り返し利用できる持続可能な素材
ただし、持続可能な社会の実現には、都市だけの視点を持つのではなく、地域との連携が不可欠になります。木材を生産する森林側に目を向けると、木材価格の低下や林業従事者の減少・高齢化といった課題があり、健全な森林を維持することが困難になっているのが現状です。こうしたなかで、持続的な木材活用を進めるためには、適切な森林の管理や伐採・再生のサイクルを確立し、林業との連携を強化していくことが欠かせません。都市で暮らしていると見えづらい地域の課題にまで視野を広げることで、都市と地域がつながり、より良い循環を生み出すこと可能になります。
さらに、木材は「どこで育ち、どのように生産されたのか」が可視化できる数少ない素材のひとつ。その背景が伝わることで、空間には地域性やストーリーが宿り、人の心を動かす力が生まれます。
都市と森林、それぞれの視点をつなぎながら木材を活用すること。それこそが、カーボンニュートラルの未来を切り拓く鍵となるのではないでしょうか。
淺沼組名古屋支店改修PJがウッドデザイン賞を受賞
淺沼組は創業の地・奈良において、古くから林業が営まれてきた吉野地域の林業家や製材所と関係を築きながら、時代に合わせた木材活用のあり方を模索しています。

2021年に竣工した淺沼組名古屋支店改修PJ ・GOOD CYCLE BUILDING 001では、使用する木材をすべて吉野材とし、建物の外装、内装、家具に活用。ファサードの樹齢130年の柱は取り外し可能で未乾燥の状態で取り付け、自然乾燥させることで転用の可能性を見越した設計としています。この「都市の貯木場」のコンセプトが評価され、2023年ウッドデザイン賞を受賞しました。(WOOD DESIGN 賞 HP)
以降も、吉野とのつながりを深め、林業の知見を学びながら、新たな木材活用の可能性を探り続けています。
今回は、奈良県・吉野で実施した原木伐採見学ツアーの様子と、そこから生まれた新たな取り組みをご紹介します。
<見学ツアー行程>
吉野郡黒滝村にて伐採見学 豊永林業株式会社→ 株式会社大谷木材 →吉野銘木製造販売株式会社
森林を守り、道をつくる
吉野地域で伐採をご案内してくださったのは、吉野郡下市町で林業を営む「豊永林業」。GOOD CYCLE BUILDING 001において、ファサードの樹齢約130年の吉野杉の伐採を担当してくださった協力会社でもあります。
ウッドデザイン賞の受賞報告のため吉野を訪れた際、豊永林業さんのご協力のもと、伐採ツアーを開催していただけるということとなりました。木を伐るのに適した晩秋から初冬の時期に合わせて、今回は10月と11月の2回にわたり、見学の機会を設けていただきました。
近鉄線の下市口で集合し、そこから車で吉野郡黒滝村にある山林へ。吉野林業の中心地は、吉野川の上流域にあたる、川上村・黒滝村・東吉野村の三地域。吉野林業は、日本最古、さらにはドイツと並び世界最古とも言われる歴史を持ち、室町時代からすでに造林が始まっていた記録が残されています。
吉野材は、大阪城の築城や全国の寺社仏閣の建築用材として用いられ、江戸時代には酒樽用の部材をつくる「樽丸林業」としても栄えました。吉野林業の育林技術の大きな特徴は、「密植」で木の成長をゆるやかにし、さらに長い期間にわたって何度も間伐を行い(多間伐)、最終的に伐採するまで長い年月をかける(長伐期)という方法です。 間伐を繰り返しながら、世代を超えて丁寧に育てられた木々は、木目の詰まった節のない、質の高い木材へと育ち、「吉野材」というブランドが確立されていきました。

豊永林業は黒滝村を拠点に、現在、17代目となる山主が1700年頃から管理する山林で木を育て、山に道をつけ、人に届ける「山守」の仕事を続けてきました。「山守制度」とは江戸時代中期から続く、吉野林業の独特の森林管理制度。山主から山の管理を託された山守が、代々にわたって木々を育てていくという、持続可能な森づくりの要を担ってきました。世代を超えて、良質な木材を育てる。良い木を次世代に残すために、育林や伐採技術、山と共に生きる人々の経験と知恵が脈々と受け継がれてきました。

「昔の人は100年くらい先を読んで山づくりをしてきました。山は価値のあるもので、木を売ればお金になる時代がありました」そう話すのは、豊永林業専務の中前徳明さん。
「一般的な針葉樹林は1ヘクタールあたり2000~3000本ほどの植林ですが、吉野では1万本を植えます。そこから、10年間、6月と8月に下草刈り、樹齢が40年ほどになるまでの期間、10年に1度、“枝打ち※”と“間伐”を行います。これは、木を無節で良質な材料にするために欠かせない作業。以降80年の樹齢を迎えるまで10年から15年間隔で間伐を施し、やっと構造材や内装材を製材できる木に成長します。木苗を植えた世代では利益にならず、2〜3世代にわたって手をかけて初めて、木が商品として売れるのです。
住宅様式の変化で和室が減り、吉野材の需要も縮小。さらに、安価な外材の流通もあって木材全体の価格は全国的に大きく低下しました。私が若い頃はもっと林業従事者も多かったのですが、今では事業を継続できずに廃業する方も増えています。それでも、どうにかして山を守っていこうという思いで、みなさん踏ん張っておられるのが現状です」
※枝打ち・・・木の幹から不要な枝を切り落とす作業。林業において、真っ直ぐで美しい木材を育てるための重要な工程

林業の現場では、山に道をつける林道の整備、伐採作業、そして伐採した木をワイヤーロープで吊り上げて運ぶ「架線集材」など、常に危険との隣り合わせの作業が行われています。そして、こうして手間ひまをかけて伐られた木も、すべてが高値で取引されるわけではありません。伐採された木は「A材・B材・C材・D材」に分類され、まっすぐで質の高い木材は建材(A材)などに、曲がりのあるものや細いものは合板材(B材)へ、さらにそれ以外はチップやバイオマス燃料として利用されます。
しかし、高く売れる木だけを伐っていては、森全体の健全な環境は保てません。
吉野では次世代に「良い木を残す」ことが何より大切にされており、100年先にも、良材を出し続けることができるよう、「適材適所」で木を選び、伐るという判断がなされているのです。
長い年月をかけて育てられ、危険な作業の末に伐り出された木が、都市の視点では「価値の低い木」とされてしまう。その現実に考えさせられる思いがしました。


「私たちのできることは、 “トレーサビリティ”のしっかりと取れた木を提供すること。こうして、ゼネコンや設計者の方々に山へ足を運んでいただけることは、木材の価値を知っていただくことにつながり、大変ありがたいことです。人工林は、人によってつくられた森林で、一度人が手を入れなくなれば再び元にかえすことは難しい。結果、山の荒廃につながります。これまで何百年も守られてきた山林を、次の代に引き継いでいけるように、さまざまな方と協力しながら、山の価値を伝えていきたいと思っています」(豊永林業)

チェーンソーで切り込みを入れ、倒したい方向に「受け口」をつくると、やがてチェーンソーの音がやみ、山の静けさのなかに「カーンカーン」と楔(くさび)を打ち込む音が響き渡ります。次第にミシミシと木の幹が裂ける音が聞こえ始め、木は狙い定めた方向へゆっくりと傾き、やがて大地に響きわたる轟音とともに、ついに倒れました。
「おおお……」と、それぞれの口から静かに漏れる感嘆の声。樹齢100年を越す木が地面に倒れるその瞬間を、一同は息をのんで見守りました。大地の振動を体で感じ、生きてきた木の重みを、五感で受け止めるような時間でした。

年輪のなかに、木の生きてきた時間、人が育てた痕跡(枝打ちのあと)が見られます。

伐採ツアーに参加した淺沼組技術研究所メンバーからのコメント。
「現地に入ってすぐに思ったのは、自然の大きさです。木々の大きさはもちろんのこと、山の起伏の激しさ。改めて、危険と隣り合わせの仕事だと感じました。また、少しの時間ではあったものの、自然の中で過ごすことができ快適でした。自然(木、土、光、空気)に触れることができる環境を職場に欲しいと感じました」(技術研究所 建築構造研究グループ 宮原)




「今回のツアーで最も印象的だったのは、木材から伝わる先人からの営みの継承です。密植や多間伐による管理、日光を効率よく吸収できるように枝を落とす、朽ちてきた木を伐採して良質な木を残すこと等、現在も林業にかかわる数多くの皆様のご尽力により、吉野の良質な木材が守られています。一方、樹齢100年を超えるような木材の年輪からは、植樹から20年ほどたった頃に枝を落としている跡が見られ、100年以上前の先人の営みがそこに現れています。
私たちが使用させていただいている木材は、先人から脈々と続く技術継承とご尽力の積み重ねだということを改めて実感し、このような素晴らしい営みを継続させるために我々ゼネコンにできることは何か?ということを再確認させていただいたツアーだったような気がします。
今回、名古屋支店改修により吉野の木材を使用する機会をいただきましたが、技術研究所としては、このような素晴らしい、何よりオモシロい試みを継続していけるような技術的な検討を“貪欲に”進めていきたいと考えております」(技術研究所 建築構造研究グループ 山内)


伐採ツアーで、生きた木が倒れる瞬間に立ち会い、改めて「木の命をいただく」ということの意味を深く感じました。その背景にある、木を植えた人・育てた人・伐る人ーそれぞれの営みがつなり、一本の木が素材となって人の手に託され、次の役割へと受け継がれていきます。そうして生まれた木材が、人々の暮らしを支える心地よい空間へと姿を変えていく。
都会とは異なる時間の流れを感じながら、貴重な体験ができたことに感謝しつつ山を後にし、伐採された木が加工される製材所の見学へと向かいました。
text , photo Michiko Sato