2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、私たちにできることは何か。建設分野は世界のCO2排出量の約40%を占め、資材の製造・輸送・施工・解体に伴う「エンボディドカーボン(建設に伴うCO2排出)」の削減が喫緊の課題となっています。
こうしたなかで、近年注目されているのが“木材”という素材。素材選びそのものがCO2削減の鍵を握る時代となり、サーキュラーエコノミーの視点からも、再生可能な資源である木材は有効な選択肢として期待されています。
持続可能な社会の実現には、都市だけの視点を持つのではなく、地域との連携が不可欠になります。そうした思いのもと、私たちは林業を支える人々の声に耳を傾け、地域が抱える課題に目を向けながら、木材活用の新たな可能性を探るべく、奈良県吉野の地を訪れました。
今回は、伐採・製材所をめぐる原木伐採見学ツアーの<後編>をお届けします。
<見学ツアー行程>
吉野郡黒滝村にて伐採見学 豊永林業株式会社→ 株式会社大谷木材 →吉野銘木製造販売株式会社
自然の中で生きてきた木の個性を生かす
吉野郡黒滝村の山林で伐採を見学し、山から下りた後に向かったのは、吉野郡下市町で製材所を営む「大谷木材」。吉野杉をはじめ、ひのき・けやき・くり・ほうのきなど、さまざまな樹種を扱い、県産材を中心に製材加工を行っています。


「杉は吉野でも、地域や土地によって色の出方が異なり、製材してみないとどのような木目が出てくるかはわかりません」と話すのは、大谷木材4代目の大谷宏則さん。
原木から製材する工程は「木取り」と呼ばれ、木目や形状を見極めながら、効率よく材を切り出す高度な技術が求められます。木取りの判断ひとつで節が出ることもあり、木材の価値にも大きく影響します。素材を無駄にせず高品質な材を生み出すには、木に対する深い理解と高い技術力が求められます。


建材として使用されない端材は、「価値の低い材料」として扱われ、バイオマス燃料やチップとして利用されるのが一般的です。素人目には十分立派な材料に見える材であっても、乾燥の手間やコストがかかることからチップ化されてしまうケースが多くあります。さらに、制度上の背景として、チップにすれば補助金が出る一方で、他の用途では補助がでない仕組みも影響しています。

ツアーに参加した淺沼組技術研究所メンバーからは、こんな声も聞かれました。
「製材所にて、木取りの際に出る端材の多くがチップになると伺い、衝撃を受けました。ただ、チップやおがくずにした場合も無駄になることはなく、牧場での利用や機械汚れの吸着などに活用していると聞き、森の資源がすべて何らかのかたちで生かされていることを実感しました。一方で、無垢材として使えるのは原木の50%、集成材になると30%程度に止まるという話もあり、今後、淺沼組の取組みとして、残りの部分の材も含めた活用方法を探っていきたいと感じました」(技術研究所 建築材料研究グループ 福原)

淺沼組では「いずれ土に還る」というコンセプトのもと、自然素材のみを使った建材の開発に取り組んでいます。
その想いを共有したうえで、吉野杉を使ったテーブルの製作を依頼したところ、大谷さんから紹介されたのが、日本古来の接着技術「続飯(そくい)」でした。
続飯とは、炊いたご飯をすりつぶしてつくる天然の糊。古くから建具や和紙貼りなどにも使われてきた、環境にやさしい伝統技法です。自然に還る素材であることから、まさにGOOD CYCLE PROJECTの理念にも合致しており、淺沼組のメンバーからも「これはぴったりな方法かもしれない」といった声があがりました。ただし、これまでテーブルの接着に使われたことはないということで、挑戦していただくことに。そこで、試作として出来上がったものがこちらです。


継ぎ目も自然でしっかりと接着されており、「これならばテーブル天板として使えそうだ」と手応えを感じる仕上がりとなりました。

使用した木材は、虫喰いのあるもの。木目を揃えず、虫喰いも“生きてきた木の証”ととらえ、その個性をそのまま活かす。従来であれば廃材とされるような木材を新たな価値ある素材として循環させ、自然素材の魅力を伝えるテーブルへと生まれ変わらせました。

「端材がチップ化され、燃料として利用されているとお聞きし、その材を実際に目にしたときに『これは十分に机の天板として活かせるのではないか』と感じました。使用した木材には、死節(しにぶし)※や虫食い跡など自然の痕跡もありましたが、木の個性であり、味わいとして活かせると考えました。一般に、杉は柔らかく家具には向かないと言われていますが、若干の反りや表面の傷つきやすさといった特性はあるものの、打ち合わせでは文字を書くよりも資料を広げたりノートPCを使うことが主であり、使用上の問題はないと考えております。それ以上に、杉の香りや木の肌触り、そして続飯による接合という背景が加わることで、打ち合わせ机としてふさわしい、ストーリーのある一台になったと感じています」(技術研究所 GOOD CYCLE DESIGNグループ 山岡)
※死節(しにぶし)・・・木材の中の節のうち、枝が枯れて未来に残った状態の節。強度や見た目の面で、構造材や高級家具などでは敬遠されることが多い
林業と製材所とゼネコン、川上から川下までのつながり
ツアーの最後に訪れたのは「吉野銘木製造販売」。吉野ヒノキを中心に、全国から集めた銘木を取り扱い、神社仏閣などの建築用材の製材から木造住宅の設計施工、さらに育林事業までを手掛ける会社です。淺沼組名古屋支店改修PJにおいて、使用された全ての吉野材を納材してくださった協力企業でもあります。
プロジェクトを担当してくださった吉野銘木製造販売の田蔦さんからは、印象的なひと言がありました。
「産地と製材所が一体となり、一本の木をどう形にしていくかというプロジェクトの初期段階から関わるのは、これまでにない経験でした」。
通常、製材所では市場の競りを通じて、木材を仕入れるため、林業家と直接やりとりすることは少なく、プロジェクトの初期段階から連携するのは珍しいと言います。林業の流通経路が分業的に確立されているなかで、たとえ林業産地の近くにいても、林業家と製材所がプロジェクトの初期から連携するのは珍しいことだと言います。
また、吉野銘木製造販売 代表取締役の貝本拓路さんは、こう続けます。
「これまで『吉野材はこう使うべき』という固定観念のようなものがありました。特に高級材である吉野材は、木目や色味を揃えて美しく仕上げるのが“当たり前”とされてきました。しかし今回のプロジェクトでは、ファサードに乾燥前の状態の木を用いたり、あえて木目や色を揃えずに使うなど、私たちにとっても『こんな使い方をしていいのか?』と驚くような挑戦でした。新しい吉野材の可能性を感じる機会になりました」


神社仏閣などに使われる、吉野ヒノキ。「吉野材は日本で一番品質がよいということで、優良材になると吉野に声がかかります」と、貝本さん。



断面に残る「枝打ち」の跡は、吉野材の高い品質を示す証とされています。それは、長い年月をかけて手をかけられ、丁寧に育てられた木であることを物語っています。

「吉野の森、木材を大切に育てていく気持ちが人から人へ、長い時間の中で受け継がれていることにとても感動しました。製材所にあった径の太い材木の中心近い部分に枝打ちした痕跡が残っていること、節が全くないこと、年輪の間隔が狭いこと…吉野材の特徴のそれぞれに様々な方の想いが詰まっているように感じました」(技術研究所 GOOD CYCLE DESIGNグループ 勝俣)




森に足を運び、木に触れ、林業に関わる方々の声を聞いた今回のツアー。
目に見える材料の背景には、人から人へと手渡されてきた多くの時間と、いくつもの手が関わっていることを、あらためて実感する機会となりました。
そして、森と都市がつながり、産地と建設の現場が対話することで、木材は「素材」から「物語を宿す存在」へと姿を変えていきます。
この学びを今後のものづくりに活かし、持続可能な社会の実現に向けて、より良い循環を生み出す取り組みへとつなげていきます。
text, photo Michiko Sato