持続可能な森林を守り続ける、奈良県吉野の木材を活用
―人と自然のつながりを育むオフィス

2021年9月に竣工した、淺沼組名古屋支店の環境配慮型リニューアル GOOD CYCLE BUILDING 001。淺沼組のリニューアル事業「ReQuality」の第一弾として、「人にも自然にもよい循環を生む」というコンセプトのもとサステナブルな改修を実現。築30年のビルの躯体を活用し、自然素材は土に還るように、また人工素材はアップサイクルすることを目指して、都市の中での新しい環境配慮型リニューアルのあり方を追求しました。

持続可能な社会の実現において、私たちにできることは、これまでのものづくりの仕組みから考え直し、人にも自然にもよい循環を生む、新しい建設の方法を探すことではないか。淺沼組のGOOD CYCLE BUILDINGはそんな想いから始まりました。
そのために必要なことは、素材がどこから生まれるのかを知り、その建物が壊される時にどこにいくのかまで考えて使うこと。素材のストーリーを追い、プロジェクトに関わった人々の想いや、建物が完成するまでのプロセスをご紹介します。

地域活性と建築業のあり方を考える

名古屋駅から車で10分ほど、名古屋高速都心環状線と2号東山線が交差する地点に向かうと、都心に突如、土壁と植栽、木の列柱が印象的なオフィスビルが視界に入ります。元はガラスのカーテンウォールに覆われた、いわゆるオフィスビルらしい建物が、今は自然の土や木、緑が青空に映える、「ここがオフィスか」と驚くようなビルに変わりました。

淺沼組は奈良で創業して、2022年で130周年を迎え、創業時は宮大工として木造建設に従事していました。そこで、自然素材の「木」に関しては、淺沼組と古くからつながりがあり、持続可能な管理をしている奈良県吉野の森から吉野杉・ヒノキを取り入れることにしました。
外観のファサードには、淺沼組と同じ年月を経た、樹齢130年ほどの吉野杉を奈良の森から選び出し、使用しました。また、端材もできるだけ使い切るよう、天井や床、ベランダのデッキ材、家具などに用い、通常廃棄されてしまう木の皮や枝木の部材を使い、「資源を余すことなく使い切る」試みによって、家具を制作しました。

このように、淺沼組と関係の深い吉野の森から多くの木材を活用したことについて、名古屋支店改修プロジェクトリーダーである、淺沼組技術研究所長の石原誠一郎は「地域活性と建築業のあり方を考え、淺沼組の創業地である奈良県と関わりのあるものを取り入れたいと考えました」と話します。

「吉野の山林を案内していただいたときに、印象的だったのは、先人が遺してくれたものに対する敬意をもって木と向かい合って生きている方々の姿でした。目先の利益にとらわれず、後世に良い木を残していかなければいけない、軽率に伐れないといった、「吉野の木を価値あるものに使っていくこと」へのプライドや、継続して森林を守っていくという強い意志を感じました。

実際に山林の中に入ってみると、吉野が山岳信仰と結びつき、非常に神聖な風土であることを感じました。伐採する前には、神社に参拝し、木を伐らせていただくことをお願いし、安全を祈願する。自然の圧倒的な大きさや、生きている木の命をいただくことを実感しました。その後、製材所や木工作家のアトリエを訪れ、木と共に生きる人たちと交流する中で、ぜひ奈良県で活動する方も応援したいという思いが芽生えて、吉野の作家の方にご協力をいただくくことになりました」(石原)

ひとつひとつ小さなカンナを使い、手作業で仕上げられた吉野杉の椅子。座ると杉の柔らかさに包まれる心地がする
吉野で活動する、木工作家 森幸太郎さん(左)。吉野銘木製造販売 田嶌伸彦さん(中央)、豊栄林業 中前徳明さん(右)

建築はマテリアルフローの通過点

名古屋支店の建築デザインパートナーである建築家の川島範久さんは、木材の使い方について、「内装として使うだけではなく何か象徴的に使うことができないだろうかと考えたところ、吉野杉の丸太を自然に近い状態で下から階層ごとに切り、外観に取り付けることを考えました」と言います。

「丸太の太さを統一しないことで木を伐る本数を減らし、できるだけ端材が出ないよう使い切れるように考えました。下から見上げると、そこに杉が自然の中で立っている姿のように見え、吉野杉の力強さを感じられます」

この吉野杉は、「乾燥前」の状態で「取り外し」可能で取り付けられました。通常、木材は伐採してから乾燥するまで時間を置き、木の中の水分を抜かなければ使うことはできません。今回は、元の躯体を活用しているため、乾燥する工程で木にヒビが入ったり、変形したりしても構造上の問題はありません。

「建物の中で何年かかけて木を乾燥させた後は、取り外し、家具など別の用途で使うことができます。ここで木を使って終わりではない。これから先の転用の可能性を考え、後の人たちがこの木を活用していけるように考えました。建築はマテリアルフローの通過点、生態系の循環の一部である。都市の循環の中に建築を位置付ける、新しい環境配慮型の改修のあり方を追求しました」(川島さん)

建材や家具として使いきれない端材をプロダクトとして製品化する

通常、吉野材は住宅で使われることが多く、美しい木目が特徴となるため、節がある材は外側に使われることが少ないということです。今回は、建材として使われないような材料もそのまま使い、「自然の資源を余すことなく使い切る」ことを徹底しました。
自然の色むらや節があり、それも自然のデザインとして受け入れる。そうすることで、端材を最小限にとどめることができます。
また、それでも出てしまう端材を、クラウドファンディングにてプロダクトを製作したところ、多くの方から応援購入をいただきました。そこで得た収益は全て、奈良県の持続可能な森林づくりを行うための人材を育成する、「フォレスターアカデミー」の生徒の皆さんに寄付しました。

当社社長浅沼誠より、フォレスターアカデミーの生徒の皆さんにお渡し

オフィスの変化を楽しみ、育てていきたい

自然素材に包まれた空間は居心地の良さを生み、コミュニケーションを育む場となり、ストレスの緩和、人の創造性・生産性の向上にもつながります。
名古屋支店建築設計部勤務の林晃子は、「今までのオフィスとは全く違う空間で仕事をすることができ、仕事の仕方や自分自身の考え方にも変化が生まれたような気がします」と言います。

「一般的に、建物をつくる仕事は工業化された製品を扱い、コスト管理をしながら、カタログから製品を選び、クレームが出ないように気をつかう…といった、どこかシステマチックになってしまった流れの一部として仕事をするのが当たり前になってしまっているような気がします。
ところが、名古屋支店の取り組みでは、自然素材を扱うことから、変化していくことが当たり前で、初めは「オフィスとしてこれは…」という戸惑いもありましたが、徐々に、色や形が違ってもそれを楽しむという考えに変わった気がします。

今回、木材は、奈良県の自治体の関係者、伐採する方、製材所の方、最後に加工する木工職人、みなさまと思いを共にしてつくりあげることができ、使う人にも「つくり手の顔が見える建物」となりました。
また、端材を使って自分たちの手でテーブルを組み立てたり、デスクをオイルで塗装したりするなど、つくる工程にも参加しました」

「杉は柔らかい素材なので、通常は家具に使われることは少ないのですが、その素材を知った上で使うことで大切にしますし、色が変わっていくことや傷つくこと、変化が生まれることも楽しく感じられます。

そういったオフィスを使えることは、自然や人への感謝の思いや建物への愛着も湧きますし、自分も循環の一部につながったような気がします。
このオフィスが今後、人と自然の関係性の中でどのように変化していくのか、自分たちの手で育てていくような感覚で使っていきたいと思っています」(林)

素材に対して、なぜそれを使うのか、それがどこから来て、どのように組み立てて、最後にはどういう終わりになるのかを考え、私たちの扱い方を見つめ直す。建物を構成する要素に意識的になることが、私たちのできる循環の取り組みの第一歩となる気がします。
また、こうした自然素材を扱うことで、人はその木を育んだ自然や大地とのつながりを感じることができます。

奈良県の吉野林業は約500年前に造林が始まったと言われる、世界最古の造林の地。100年200年と、世代を越えて大切に育てられた木だからこそ、美しい木目が生み出されます。
この木はどこから来て、どのような人たちの手を渡り、私たちに届けられるのか。
後編では、吉野林業の地、奈良県吉野郡を訪れ、名古屋支店の吉野材を納材していただいた吉野銘木製造販売の貝本拓路社長にお話を伺います。

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